ある子とのかかわり 3 

 

  ある子とのかかわり 3

   休み明け。
   今日はどうでしょうか。
   記録は、1:54。
   まあまあのタイムです。
   「どうしてそんなにのろいのか」
   ×7と×8は遅いです(笑)
   ということは、他の段は速いということです。
   今後は、×7、×8の重点練習ですね。
  
   たし算の方は、まあまあです。
   こちらも、カードでの練習が必要です。
   もうすぐはじめます。
  
   書き初めの練習。
   昨年は、字になりませんでした。
   今年は…字になっています。
   ただし、基本がめちゃくちゃです。
   手を取って教えました。
   サウスポーなので、よけいに難しいようです。
   45度に打ち込むこと。
   まずは、これだけをやりました。
   ・手を取っていっしょに書く(数回)。
   ・一人で書かせる。
     ↓
    他の子の指導
     ↓
   もどってくると…
   もう、打ち込んでいません。
   スーーっと入っています。
   おいおい、物事は「打ち込む」ことが大切なんだよ。
   また、手を取っていっしょに書きます。
   書かせます。
   他の子の指導をして戻ると…
   またしても、打ち込んでいません。
  
   今日は、このくり返しでした。

 火曜日。
 10マス計算のたし算、可もなく不可もない状態です。
 壁をぶち破るには、ぐわーっと練習する必要があります。
 毎日少しずつでは、時間がかかりすぎます。
 家でも練習すれば…

 10マス計算、かけ算。
 1:59でした。
 どうにか合格。
 しかし、合格は合格です。
 連続して合格しています。
 ぎりぎりでも、不合格とは天と地ほどの差があるのです。
 力は、安定してきました。
 しかし、相変わらず×7、×8が遅いです。
 以前は、「遅い」ではなく「のろい」でしたね。
 呪いです(笑)
 今は、遅いのです。
 「のろい」→「遅い」(「呪いからの脱出!」)
 教育において、大切なステップではないでしょうか。

   書き初めの練習です。
   昨日にくらべ、どう変わるでしょうか。
   最初は、字になっていません。
   幼児がクレヨンで線を引いたという感じです。
   打ち込む→すーっと引く→軽く止める。
   手を取って教えます。
  「打ち込む→すーっ→軽く止める」
   いいながら書かせました。
   だんだん、それらしくなってきました。
   しかし、ちょっと目を離すと「振り出しに戻る」になってしまいます。
   頭でわかっていても、手がわかっていないのです。
   「頭でわかる」→「手がわかる」
   教育においては、これが大切ですね。
   手の感覚がつかめるようになるまでくり返し練習する。
   大切ですね。
   反復練習する意味がここにあります。

   き初めの練習は続きます。
   希望の「メ」の部分がうまくいきません。
   最初は、書き順が違っていました。
   手を取って指導します。
   しかし…他の子を指導して戻ってくると…元通り。
   「振り出しに戻る」です。
   頭でわかっても手がわかっていない状態です。
   自動手記か!(笑)
   また、手を取って指導します。
   戻ってくると…
   このくり返しです。
   だんだん、正しい書き順で書くことが増えてきます。
   こんな簡単なことが…難しいのです。
   ・簡単なことが難しい。
   ・「振り出しに戻る」のが普通だと思う。

   書き初めの練習。
   だんだんよくなってきました。
   少なくとも、意識が濃くなっています。
   手に神経が通い始めました。
   回路ができつつあるのです。
   よしよし。
   「回路をつくる」というのが、教育です。
   わかる→できるへ
  
   もうすぐ、鉄人倶楽部の講座があります(26日 神戸)。
   私の話を聴いて「わかった」と思う人はたくさんいます。
   しかし…教室に戻ると「できない」のです。
  「あんなに簡単そうにしていたのに…」
  「できそうで…できない」
   という話を聴きます。
   回路ができていないのだから、できないのは当然です。
   「わかる」と「できる」は、違います。
   どのように「できる」ようにもっていくか。
   このへんが腕です。
   工夫です。
   

   あることのかかわりで、考えたことを書いています。
  
   「回路づくり」は進んでいます。
   「わかる」→「できる」へ移行するのは、難事業です。
   まずは、教師が認識すること。
   次に、子どもに教えることですね。
   私の場合、きちんと教えます。
   ・「わかる」=「できる」ではない。
   ・「できる」ようになるための「回路づくり」が必要。
   ・「回路をつくる」ために、反復練習が必要。
   このようなことがわかってくると、子どもは変わってきますね。
  「なんで、こんなことするの」
  「どうして、10回もするの」
  などといわなくなります。
  「今、回路づくりの段階なんだな」
  ということがわかっているからです。
   そうすると、練習をいやがらなくなります。

   「回路づくり」
   すぐにできる子もいますが…それは見かけだけです。
   練習をやめると、すぐ元に戻ってしまいます。
   即効性のあるものは、逆も即効性があるのです。
  
   その子には、時間をかけて指導してきました。
   これ以上ないくらいに時間をかけました。
   10マス計算かけ算の連続は、2分を切るまでになりました。
   24日最終日も、1:50。
   安定しています。
   回路ができつつあるのです。
   ×7、×8の段で、40秒くらいかかっています。
   まだ、回路が接触不良の状態なのです。
   ここを20秒でカバーすれば、1:30秒台が出せます。
   次なる課題は、×7、×8の回路の通りをよくすることです。

   「回路づくり」
   習字の方も、少しずつ回路ができつつあります。
   打ち込みが、何となくできるようになりました。
   意識が感じられます。
   まだ、45度にはほど遠いです。
   しかし、力を入れるようになりました。
   打ち込んでからすーっとひく、これが難しいですね。
   ぐぐぐぐっと力が入ってしまいます。
   手だけでひいてしまいます。
   ・無駄な力を抜く
   ・体全体でひく
   高度ですね。
   私も、なかなかできませんでした。
   書道の先生の動きをよーく見ました。
   先生は、手を取って教えてくださいました。
  「肘でリードすればいいんだ」
   ということがわかりました。
   さて、その子にどう伝えるか?

   「回路づくり」
   ということを頭に置いて指導しています。
   今、どことどこの回路をつなげるか。
   どこまでつながったか。
   つながったものを太くする。
   段階によって違いますが、明確に意識しています。
   子どもにも、少しですが、伝えています。
   
   まだまだですが、かなり意識できるようになってきました。
   45度に打ち込む という意識が濃くなっています。
   頭の回路はできてきました。
   今は、「頭と手」をつないでいます。
   ちょっと意識が弱まると、とたんに下手になります。
   ・角度が45度からはずれる。
   ・打ち込まない
   などなど。
   人間、意識によってこうも違うものかというくらいの差があります。

   「回路づくり」
   という発想があるかないかで、指導は大きく違ってきます。
   若いころの私には、このような発想はありませんでした。
   指導したら、すぐできるものと思っていたのです。
   10年くらい前は、かなり細かく指導できるようになっていました。
   しかし、超大物には効果的ではありませんでした。
   「回路づくり」を思いついたのは、5年くらい前からでしょうか。
   よく覚えていません。
   このような発想があると、待てるのです。
  「どうしてできないんだ」
  と思うことが、極端に少なくなります。
   待つことが大事だとわかっても、普通は待てません。
  「いつまで待てばいいの…」
  という思いがあるからです。
   人間、期限がわかれば待てるのです。
   しかし、期限なるものはあてになりません。
   こうだというものはありません。
   あいまいもことしています。
   その点、「回路づくり」は明確です。
   今、どのような回路をつくっているかを意識できます。
   あせらなくなります。
   「はやく」→「回路をつくる」へ。
   意識が変わります。
   ただただ実践すればいいのです。あとは。
   

   
   ある子とのかかわりを、たくさん書きました。
   毎日のように書きました。
   書く中で、見えてきたことがあります。
   はっきりしてきたことがあります。
   感覚派の私は、勘で動くことが多いのです。
   そのようには見えないらしいのですが…(笑)
   このへんは、天然です。
  
   以前は、クラス全員について毎日書いていました。
   見る→書く→見る→書くのくり返しが、見る目を養ったと思います。
   今は、全員分を(ノートに)書く時間はありません。
   でも、頭の中では書いているのです。
   ノートに書かないだけで、書いてはいるのです。
   書くというよりも…映像で記録しているという感じでしょうか。
  
   ある子とかかわって、その子は大きく成長しました。
   しかし、一番成長したのは私かもしれません。